それは『ない』わ。

 

 

学生時代は似た者同士の親友でも、

 

育児において、

 

お互い、似た者同士とは限らない。

 

むしろ、似た者同士で仲良しだったからこそ、違いに驚いたり、受け入れられなかったりする。

 

子供の行動に甘いか、厳しいか、

 

お菓子を食べさせるか食べさせないか、

 

子供同士のケンカの仲裁の仕方、放置の限度・・・、

 

そりゃそりゃ、

 

それは『ない』わ。

 

になって、当然なのである。

 

だから、「それはないわ。」と思われることをストレスと感じたり、

 

「それはないわ。」と思う相手の価値観にストレスを感じるならば、

 

心地よく付き合うのは難しい。

 

また、こちらが許せても、相手が同じように許せるかどうかは別である。

 

学生時代からの親友と子連れで遊んで、

 

モヤモヤするのは当然のこと。

 

それは『ない』わ。は、感じるのも感じられるのもおかしいことではない。

 

 

存在給とお盆と元気。

 

 

存在給は「戻す」もの。

 

と、心屋さんのブログに書いてあり、

 

腑に落ちた。

 

最近、ぐいぐい存在給が戻ってきている。

 

そして、

 

元気も、『気』を戻すこと、と、おのころさんのブログに書いてあった。

 

親からもらった元気のこととか、お盆に家に帰ることにもそういう意味があるとか、

 

書いてあり、

 

何か、偶然ではあるけれども、この二つの記事を読んで、

 

色々あって、愛されてないような状況の人や場合もあるけれども、

 

そもそも、

 

人ってとても愛されているもので、

 

それが、色々おかしくなって、

 

頑張らなくちゃ、とか、愛されてない、とか、勝手に思い込んで、

 

自分の元気や存在給が減っちゃってるところを、

 

不自然に入った力を抜いて緩めることによって、

 

受け取るべきものを受け取り、

 

自分の『気』や存在給を元に戻そうと思った。

 

頑張るんじゃなくて、元に戻すだけで、元気になるし、

 

存在給が上がっていくんだー。

 

すごい。

家族ゲームから抜けます。

 

 

昨年から続いた不調、

 

原因は、

 

家族ゲーム

 

旦那の方の家族の家族ゲームからは上手く脱出できつつありますが、

 

盲点だったのが、

 

妹。

 

妹が、色んなねちこいあれこれを、

 

わたしにぶつけてきて、

 

完全に甘えて、

 

わたしに、わたしに、

 

繰り返し罪悪感を感じさせようとし、

 

重荷を背負わせようとしている。

 

ということに気が付けた。

 

わたし、家族ゲームおります。

 

 

貧乏脱出の物語。

 

 

子供の頃、一軒家に住んでいたし、

 

そんなに貧乏ではなかったのですが、

 

ある意味、貧乏だった。

 

父親がギャンブルにハマり、

 

母を殴ってお金を持っていく。

 

姑も強烈な意地悪な人で。

 

母の育児では、

 

私と妹は、十分な生活習慣も身に付かず、

 

宿題をする、毎日お風呂に入ってシャンプーをする、歯磨きをする・・・、

 

きちんとは出来てなかったです。

 

前回も書きましたが、

 

大人の板挟みや家庭のストレスで、

 

妹には全く優しくなく、意地悪をしまくり、

 

申し訳ないことをしたと思います。

 

妹が小学校でいじめられていたのも、

 

わたしのイジメが原因で自信を無くしていたからと言われても、

 

そうなのかもしれません。

 

大人になり、

 

妹は、いい相手と結婚をし、オシャレをばっちりきめこんでいる。

 

私もそれなりに。

 

ある種の、貧乏脱出に成功したわけで、

 

・・・・・・。

 

それでも、過去の自分を愛せるのか、

 

もし、そのままの自分でも愛せるのか許せるのかという問題。

 

いや、しかし、妹に、『お姉ちゃんはとても意地悪な存在だった』と、

 

刷り込まれて、

 

優しいお姉ちゃんになることを要求されている部分もある気がする。

昔のわたし。

 

 

子供の頃のわたしは、

 

ガサツで、内弁慶で、家の中では妹をいじめていて、

 

お風呂も嫌いだし、勉強もしない子でした。

 

学校で仲間外れにされたこともあるし、

 

色が黒くて、かわいくないと、思っていた。

 

たぶん、両親も容姿がかわいくない子だと思っていたんだと思う。

 

髪もボサボサで、おしゃれもしないんだから。

 

うちのおばあちゃんだけ、

 

『あんたはなんか色気があるんよ。大人になったら急にきれいになるよ。子供のうちはこれくらいでいいんよ。』

 

と、自信満々に言いきっていた。

 

大人になって、モテるくらいには、なった。

 

そりゃそうだ。

 

誰でも、メイクして似合う服着たら、モテる。

 

わたしがガサツで美人でないことが、父は気に入ってないように感じていた。

 

わたしが素敵な姉でないことが、妹は気に入ってないように感じていた。

 

母は・・・?

 

わたしは、

 

そんな生まれながらの洗練されていない自分を愛せていただろうか、

 

許せていただろうか。

 

許せていなかった。

 

勉強して、そこそこの大学に入って、

 

メイクとオシャレをし、習慣も美しくなり、別人になった。

 

メイクをせずには外に出られない時期があった。

社会人になっても勉強をやめられない時期があった。

 

「食べ方が汚い」と(妹は私には言えないが、)

 

母や妹自身の子供に言いながら、

 

間接的に言ってくる時にイラッとする自分がいた。

 

食べ方が汚いというのも、本当に汚いのではなく、妹の美学に反しているということ。

 

たぶん、

 

妹は、幼い頃の、わたしのイジメが許せないでいる。

 

そして、遊ばなければいいのに、

 

子供をがそう言うからと言って、

 

遊ぼうと言う。

 

わたしも、子供が遊びたがるからと言う理由で、

 

応じる。

 

一緒にいると、不快。

 

間接的な嫌味をよく言うこととか、何か嫌だ。

 

大人になってから、前にも謝ったことがある。

 

謝り続けるのは嫌だ。

 

もう謝らないし、わたしの責任だけではない。

 

あの当時のわたしは、両親の振る舞いや、家族の中での、エネルギーの流れや、

 

家族の中でのストレスや、色んなものに動かされていて、

 

自分で選択することもできないし、何の抵抗もできなかった。

 

大人になるにつれ、妹に優しくなったけれど、

 

妹だからと言って、尽くさなければならないということはない。

 

『話を親身に聞いてくれない』と責められたりするのも、嫌なのだ。

 

人でなしと言われても、嫌なものは嫌だし、

 

嫌な言動のシャワーを浴びるのも嫌だ。

 

嫌だ、嫌だ。

 

今日はやっぱり嫌だった。

がさつで図々しくて理不尽で自己中で・・・

 

 

暑い日が続きますが、

 

旦那と一緒にいると、

 

がさつで図々しくて理不尽で自己中で、

 

嫌なんですケド、

 

それって、自分も同じものをもっていて、抑圧しているから、

 

嫌なんですよね。

 

そう思うと、

 

逆に、それを出せる勇気がスゴイなと、思った次第です。

 

子供の頃から、そんな風な大人にはなってはいけないと思っていたから、

 

わたしのそれらは抑圧されているんですよね。

 

本当は、わたしだって、がさつなんですよ、図々しいんですよ、理不尽なキレかたするんですよ、自己中なんですよ・・・、

 

どっかにそれを置いてきたから、

 

そういう人になぜか振り回されて偏頭痛になる係になるんですよね。

 

だいぶ、スルーして放っておけるようになりましたし、

 

逆に、自分の素をさらけ出せて、それでも会社に居場所があってスゲエな。

 

と、思います。本当に思います。

 

妹のこと

 

 

わたしが心が病んだ直接の原因というかきっかけは、

 

妹と、旦那のモラハラ

 

深い原因は、幼いころからの考え方の癖が、少ししんどいものだったためと、

 

幼い頃の傷が今の出来事に刺激されて蒸し返されたため。

 

なんか、

 

思い出しても、言動がひどかったなー、人でなしだなーと、思います。

 

弱い者いじめは最低な人間のすることです。

 

 

(・・・、しかし、ある意味、それすら『弱い者いじめは最低な人間のすること』という、わたしの思い込みです。)

 

 

わたしが、心を強く持って、歯向かうと、改善してきた。

 

 

『こいつは、これくらいいじめても大丈夫。』と思って憂さ晴らしの対象にしていたのが、

 

『やばい、やばい。怒るようになってきたぞ。』と、変化してきたようです。

 

 

本当に、イヤ。

 

嫌。

 

嫌。

 

嫌なもんです。

 

弱い者に憂さ晴らしで暴言を吐くこと。

 

わたしは、嫌いです。

 

されたら、もう許しません。

 

『わたしはこんなに傷ついてるのに何も言うなってこと?』

 

みたいに、逆切れされても、

 

『お前は頭がおかしいんじゃないか?』

 

と、全否定されても。

 

わたしは、わたしが好きで、わたしを大切にしているから、粗末にされたら許さない。

 

と、思うことになりました。

 

たまたま、産後、人間関係が減って、残った大人の関係が、

 

夫、妹、義理両親、両親。

 

何か、全部毒で、意地悪で、表面上は上手く行ってるけど、

 

内面毒で、

 

全て、わたしがヘラヘラして、感情のごみ箱みたいに受け止めていた。

 

謝らなくていいとこでも謝って、面倒くさいことを引き受けて。

 

角を立てないようにしていた。

 

気を悪くさせないようにしていた。

 

 

 

 

そこで、気づいたんです。

 

大人になってから、仕事で培ってきた上辺の一見感じのいいコミュニケーションサービスを、家族にもしていた。

 

わたし、こんなに感じがよくて、あれも出来るし、これも素敵でしょ。怒ることもないのよ。いつも笑顔で、人を助けるし、機嫌の悪い人を笑わせれるよ。

 

という感じだった。

 

それは、逃げてるだけ。

 

子供たちが遊ぶ砂場を見てみると、

 

道具を取り合ったり、譲り合ったり、ケンカしたり、仲直りしたり、協力したり、

 

色んなイザコザがあって普通だー。

 

 

 

妹にも、優しく、話を聞いてあげなくちゃ。

 

自分だけ幸せじゃだめだ。

 

なんて、思っていました。

 

小さい頃にいじめてしまったことを深く後悔してみたり。